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アメリカ移住 虎の巻(夢への挑戦記)英語は苦手。あても無くアメリカに来て、まだ生き延びている無謀な男の話。 12月7日 Blog 引越しMSNのSpaceは何度ログインしてもエラー(WEBがStopになりリスタートしてしまう)になってしまうので、下記Yahooに一本化しました。
2008年10月1日のコンテンツから下記にUpdateしてます。
もしMSNの問題が解決したらまたMSNにてこのBlogを復活します。
9月21日 サーフィン上達への秘訣 サルになる昨夜、CATVでサーフィンの番組をやっていた。
出演していたサーファー達はみんな軽々と上手く波を乗りこなしていた。 サーフィンを始めて3年。1年目から全く上達していない。 なぜあんなに簡単に乗りこなすかを考えていたら、ある友人が言っていた一言を思い出した。 「ロッククライミングは筋肉とか力じゃなくて、力を抜いて自分がサルの様な無駄の無い動きをすれば上手くできる」
そっか、サルか・・・・・
今朝はハンティントンビーチへ行った。
波は2-3ftとまあまあ。 今日のテーマは「サルになる」。
先ずはいつもより力を抜き、テイクオフをした直後に「キキーッ」と叫びながらサルになりきった。
すると、いつもよりスムーズに波に乗れた。
この作戦は何度か試したが、全て上手くいった。 今後もこの「サル」作戦でサーフィンの上達へ向け励んでいこうと思います 9月17日 衛生違反で営業停止? よく食べた中華レストランうちの会社はロサンゼルスのダウンタウンにある。
一番困るのが「ランチ」。 この近辺にはいいレストランも無く、普通のフードコートに行っても$7-$8のまずいイタリアンやバーガーセット、コリアン等しかない。おまけに、その値段でドリンクもつかない。
その中で一軒、$5以下で「選べる丼」を提供している中華のレストランがあった。
そのレストランはその場で食べることも出来るし、お持ち帰りも出来る。 味はソコソコであったが、手ごろなのでよく利用していた。
今日、ランチ時に久しぶりにそのレストランの前を通りかかるとシャッターが閉じていた。
よく見ると貼紙が・・・
そこには「VIOLATION OF CALIFORNIA HEALTH AND SAFETY CODE」と書いていった。
つまり「カリフォルニアの衛生基準を違反(衛生基準を満たしていない)から閉店。 これは、恐らく「厨房が物凄く汚くとても客にだせる料理を出すレベルでない」という事。
その貼紙を見た瞬間、ぞっとした。
このレストランでは恐らく50回以上は食べている。という事は50回以上も「不衛生食」を食べていたという事。
恐ろしきアメリカのレストランの衛生基準・・・である。 9月13日 セミナー講師 デビュー2008年9月13日(土) ある「人材派遣会社」の学生・求職者向けセミナーにおいて講師を頼まれた。 テーマは「広告の仕事」について。 講師として喋るのは初めての経験である。 実は前々から、何かのテーマについてセミナーで話をする事には興味があった。 今回は、「自分のこれまで経験した仕事」「広告の仕事内容と面白さ」「日米の仕事の違い」「重要な考え方」について、途中でカンヌで賞を取った「世界のTVCM」を紹介しながら話をした。 午後2時から始まり3時半までの一時間半位の予定であったが、結果的に多数の質問、個人的な相談等を含め結構盛り上がり終了は5時過ぎだった。 個人的にも「仕事に夢を描いている学生」と話ができて楽しかった。 今後こんな機会があれば是非積極的にやっていきたいと思います。 ロス巡業で大麻…露鵬&白露山って本当かな?今回の大麻疑惑はロサンゼルス大相撲巡業を主催者側として仕事をしてきた立場の自分としては非常に残念な話である。 それにしても、「ロサンゼルス巡業で2人で吸った。(大麻は)黒人の歌手の家で、この歌手からもらった。」って、日本人がロスに思い描いている誤ったイメージそのまんまな気がする。 これって、アメリカ人が「日本はフジヤマ、サムライ、ゲイシャ」って言ってるのと同じで、そんな「大麻を持った黒人歌手」なんてたまたま巡業で5泊しか居ないのに出会わないと思う。 私はロスに来て6年になるが、一度もそんな場面に出会った事は無い。 そもそも彼らが宿泊していたホテルはLAダウンタウンにあり、LAのダウンタウンは夜は完全に死んだ街で、店は早く閉まり夜飲む場所も大して無い。近くにリトル東京があるけど、そんな所に「大麻を持った黒人歌手」がいるとは思えない。 一部メディアには「友人の黒人歌手」って書いてあるけど、FRIENDという言葉はちょっとした知り合いでも使う。 前々から知っている奴がLAに居て、そいつの家に行ったら大麻を吸い出して「お前もやれよ」っていうノリなら理解できない事も無い。 実際にハワイに旅行で行く日本人も興味本位でマリファナを経験した人は沢山いると思う。 事実はわからないけど、これって出張で海外に来た会社員がハメを外して乱れるのと大差ない気がする。 ただ、日本人は本当に「イジメ」が好きで、何か問題があると一斉にそいつ(もしくはその組織)を攻めたてて、結果誰かが辞任したりその組織がつぶれたら満足するという傾向があると思う。 福田首相の辞任もそうだが、支持率があれだけ下がってみんなでよってたかって「辞めろ」なんて言っていたのが、辞めたら「無責任だ」ってちょっと理解できない。 ひとつだけ言っておきたいのは「露鵬&白露山」はロスでは礼儀正しく、取り組み直後にもファンとも写真をやな顔せず撮っていた、非常に「イイ奴」だった。 【大相撲 大麻吸引】 露鵬、白露山の2人が、相撲協会の事情聴取に対し、6月の米国・ロサンゼルス巡業で大麻を吸引していたと話していたことが8日わかった。 複数の関係者によると、2日に抜き打ちの尿検査が行われ、簡易検査で陽性反応が出た際に大麻使用歴を認めた。検査を担当した再発防止検討委員会の委員に対し2人は「ロサンゼルス巡業で2人で吸った。(大麻は)黒人の歌手の家で、この歌手からもらった。師匠には黙っててくれ」などと話したという。 委員会では精密検査などが控えていたこともあり、最終的な結論が出るまではこの事実を伏せていた。時期が離れているため、今回の陽性反応とは関係がないという。 2人はその後の記者会見や警視庁の事情聴取などでは一貫して使用や所持を否定。8日の検討委員会で弁明の機会を与えられた際には、この件について「頭が真っ白で覚えていない」などと話したという。露鵬の弁護士は8日、「力士が自ら吸ったことはない」とロサンゼルスでの使用も否定した。 9月8日 タイ航空 ロサンゼルス-大阪便復活2008年10月26日から3年ぶりにタイ航空が「ロサンゼルス-大阪」路線を復活させる。 うちの会社ではこのキャンペーン(広告、PR、プロモーション)を引き受けており、現在広告キャンペーンの真っ最中である。 上の写真が日系向けの雑誌広告です。 TVCMはここから見れます。 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ なんとか「大阪便」が軌道にのり今後も継続して日系メディアへの広告、プロモーションを継続してもらいたいと願ってます。 9月3日 今日でサーフィン 丸3年2005年9月3日に初めてサーフィンをやってから今日で丸3年。 カリフォルニアに着てから始めたので実はサーフィン暦はまだ浅い。 ちょっと興味があったので、これまでに何日間位海に行ったか計算してみた。 2005年9月3日-2006年9月3日 172日 2006年9月4日-2007年9月3日 113日 2007年9月4日-2008年9月3日 83日 Total 368日(延べ376回) 始めの年はむちゃくちゃはまって平日仕事に行く前を含め週に3-4日間海に入ってたのに、2年目は3日に一回のペース、そしてこの一年間は最初の年の半分程度にまでなってしまった。 今年は大相撲の仕事等で週末の仕事が多く、平日(仕事前)にもなかなか行けなくなったのが原因。 これから、少し頑張ってペースUPして今年度は最低年間100日を目指します。(って誰に宣言してんだろう?) 9月1日 連休 サーフィン x 5連チャン 修正削除移動今日9/1、アメリカはレイバーディの祭日で土・日・月の三連休。 アメリカの祭日前の金曜は何故か「早あがり」の会社が多い。 という事で、これを活用し「3連休で5日連続サーフィン」を達成。 8/28(木):朝5時起き出勤前 Newport Pier 8/29(金):夕方(仕事後) New Port 56th Street/River 8/30(土):朝 Newport Pier 8/31(日):朝 Huntington-Dog Beach 9/1(月):朝 Newport 36th Street 木・土はあまり波は良くなかったがその他は2-3ft位の適度なサイズの波。 最終日の今日は、コンスタントに3ft位の波があり「きたぁーーーーっ」って感じの大満足。 尚、Newport近辺はサーフィンのメッカにも関わらず、海はすいていて、人に邪魔される事も無く楽しめた。 たぶん、日本で三連休にこのサイズの波があったら100-200人で波の奪い合いで大変だろうと思う。 しかも、家から海まで20分で、2時間サーフィンをしても10時には家に帰れる。 だから朝海に入った後に仕事に行ったり、ショッピング、映画見たり等一日が「サーフィン」だけで無く色々な事を堪能できる。 これはこの場所の大きな魅力だと思います。 5日間、海水に浸かる事ができ、楽しめたので、今体からは「アルファ波」が出まくってます。 8月29日 カナダへの旅の理由今回のカナダへの旅の理由はVISA。
アメリカで生活をすると実感するこのステイタスの問題。
グリーンカードが無いとどんなに優秀でも、どんなにアメリカに居たいと思っても、このVISAを取得しないとアメリカには居れない。 移民にとってアメリカに合法的に残る為の「必要不可欠な免許」みたいなものである。
しかもそのVISAを取るのは容易でない。 会社がVISAをサポートしてくれる事になっても、移民局から却下される事もあり、VISAの種類によっては必要条件を満たしていても抽選でしか取れない事もある。 今回は、今までとは別の「VISA」を申請した。
VISAの面接はアメリカ国外のアメリカ大使館でしかできない。 今回の面接はカナダのオタワのみでしか受けられなかったので仕方なくオタワまで出向いた。 面接はガラスごしに行われる。
質問に的確な答えをしないとその場で却下される事もある。 面接の指定時間はオタワの朝8時半。カリフォルニアの5時半である。
結局面接前日の夜にオタワに着いて、カリフォルニア時間の朝3時半起き。 時差ぼけと睡眠不足でフラフラになりながらも何とか時間前に大使館に到着した。 そこで、名前を呼ばれるまで1時間半待ち。
面接官は声の低い男性。 ガラスごしで質問内容が非常に聞き取りにくかったが、なんとか無事にクリア。 その翌々日には無事にVISAを取得した。 これであと5年間はアメリカに居て、仕事もできる。
この文章だけだと簡単に見えるかもしれないけど、本当にVISAを取るという事は大変な事です。 「運」と「縁」が無いと取れないのがVISAです。 取り合えず、一安心。 その後どうするかは、また考えます。 8月23日 カナダからの手紙-3カナダ6日目。
ナイアガラの滝にやってきた。 滝なんて、修学旅行で行った「華厳の滝」以来。
ナイアガラはさすがにでかかった。 船で滝の下まで行くと、上からたたきつけられる大量の水から発せられるパワーにより体と心にエネルギーを与えてくれる「自然からの力」を貰った。
「自然の凄さ」と「人間の無力さ」を感じた。また、人は自然の流れを読み、流れに従って上手く進むことの大切さを学んだ気がした。
この街は、「自然の滝を堪能する」というより、ゲームセンターやお化け屋敷、遊園地とすっかり「ファミリーリゾートになっていた。ちょっとラスベガスっぽい雰囲気。
確かに子供を連れてきても滝を見て終わりじゃおさまらないだろうし、数日も滞在をするほどネタも無い。この街のビジネスの発展を考えると、子供へ迎合したマーケティング戦略を行う事が正しいかもしれない。確かに夜10時過ぎてからお化け屋敷に子連れで入っていく家族が多数いた。 今日、これからトロントに戻り明日にはLAに帰ります。 8月22日 カナダからの手紙-2今回の「旅」は、ほとんど一箇所に一泊のみ。 移動は長距離電車。 チェックインが夕方4時で翌朝は7時ごろにホテルをでる。
更にカリフォルニアとは3時間の時差があるから、朝6時起きは通常の朝3時。 だから、ゆったりでなく結構体力的にも厳しい旅です。 8月22日朝。現在位置はトロント。カナダ第一の都会です。 ちなみにこれまでは 8/17(日)夜オタワ着 8/18(月)朝用事を済ませ オタワ>>モントリオールへ(電車2時間半) 8/19(火)モントリオール泊(ここは2泊でちょっと楽) 8/20(水)モントリオール>>オタワ(電車3時間半) 8/21(木)オタワ>>トロント(電車5時間) 8/22(金)トロント>>ナイアガラの滝(バス2時間) モントリオールはアメリカとはちょっと違った雰囲気の街でなかなか楽しめたし、オタワの国会議事堂は何か「重厚で整然とした力」を感じてなかなか楽しめた。 トロントは結局中心街にしか行っていないのでアメリカの都市と同じ「都会」の雰囲気。もう2泊できればもっと面白い所が発見できそうなので残念。 で、これから世界最大のナイアガラの滝へ行ってきます。 8月19日 カナダからの手紙-17月25日 幸運?不運? 車に関わる事件2前日の「タイヤパンク事件」の翌日土曜日。 娘の「日本語補修校」にボランティアに行かなければならなかった。 学校の集合時間は8:50。 でも、その日はどうしてもサーフィンに行きたくて、朝5時に起きて7時半まで海に入り、帰宅。 急いで用意をしたが、家を出たのは8:30。 通常、道が混んでいない状態で学校まで20分かかる。' 「やばい、遅刻だ」と思い車を走らせた。 アメリカ(カリフォルニア)では、信号が赤でも一時停止をして車が来ていなければそのまま右折ができる。 時間が無く、あせっていたのでその日は一時停止を十分にせず赤信号の時に右折した。 その直後、真後ろにパトカー 「ああ、見逃してくれたんだなぁ」と思って、パトカーに道を譲ろうと右側の車線に移動すると、なんとパトカーが再度ついて来た。 その直後「ウゥゥゥぅー」とサイレンを鳴らし、俺の車が停車するようにヘッドライトをパッシングしてきた。 「うわぁ、来た」と焦り・・・・ 車を止めると、警察官が車に近寄ってきた。
「お前、赤信号の時に右折するなら、きちんと一時停止する事は知っているよな」 「止まらなかった事に何か特別な理由はあるのか?」と聞かれた。 「俺はきちんと止まった」と言い張ったが通らない。 「何か特別な理由はあるのか?」と再度聞かれた。 過去の経験から、こういう場合はごねないで、逆キレをせず、正直に話しをしたほうがいい。 「実は、娘の学校のボランティアがあって、8:50までに学校に行かなければならないんだ。このままだと遅刻しちゃうよ。」 と言うと、「とりあえず、免許証と車の登録証を見せろ」といわれた。 通常、免許と登録証を警察官に渡すと90%以上の確立でチケット(違反切切符)が切られる。 警察官はパトカーに戻りコンピューターで情報を検索していた。 「あぁ・・もう駄目だ」 一分後にその警察官が車に戻ってきた。 「赤信号を右折する場合は、きちんと一時停止しなければならないのは知っているな?」 「YES」 「今日はお前は子供のボランティアがあるなら、時間が無いはずだ。次回から気をつけろ」と言ってなんと見逃してくれた。 「おぉぉぉぉ。なんていいポリスだ」と大感謝。 結局、途中で捕まった為、学校へは遅刻。 今回は、ラッキーだったのか?アンラッキーだったのか? 個人的には捕まった事に対して「アンラッキー」と思っていたが、周りのみんなに「やっぱアメリカ人にはボランティアという言葉は強いね。ラッキーだったジャン」と言われた。 今回は個人的はラッキーだったと思う。 7月8日 幸運?不運? 車に関わる事件17月4日。 アメリカは独立記念日。 アメリカでは、祝祭日は商売のかきいれ時にかかわらず殆どの店は休み。 日本で言う、「元旦」の様なものである。 そんな日に、アメリカの祝日に関係なく営業しているベトナム麺の「PHO」を食べに近くのショッピングモールに行った。 通りからみたら、通常通り営業していたのでその店があるショッピングモールへ車を乗り入れた。 その時・・・・ 「ガガガガ・・・」と大きな音がして、車に衝撃があった。 思ったより歩道の突起が長く、車がそこに乗り上げた衝撃だった。 その直後。 「シューーーーー」と大きな音をたてて前輪のタイヤの空気が一気に抜けた。 「あーぁ。ついてねぇなぁ」と思い、日本でいうJAFの様なサービスに電話をして修理を依頼した。 すると、さすがに国民的な祝日。なかなか修理のスタッフは来てくれそうにない。 「現在位置の目印は何かありますか?」と聞かれ、周りを見渡すと直ぐ隣のモールに「タイヤ屋」があった。 「でも、独立記念日にはやってないだろうなぁ」と中を覗くと、なんと奇跡的に営業 「パンクしたけど、タイヤを交換できるか?」と聞くと、「30分で出来る」と即答。 結局、幸運にもパンクした直ぐ隣にタイヤ屋があり、直ぐにタイヤは交換できたが、結局結構お金はかかった。 これは、ラッキーだったのか?アンラッキーだったのか?' 6月28日 会社つくっちゃいましたアメリカに移住して6年。 遂に会社を作っちゃいました。 と言っても、「独立」という大それたものでなく、この国は何かと会社を持っていたほうが便利な事が多いので取り敢えず自分の会社を作りました。 基本的には「楽しい仕事」を中心にこの会社を成長させていきいたいと思っております。 昨年の7月4日(アメリカ独立記念日)に「一年以内に自分の会社をつくる」と宣言してから、11ヶ月と20日。 なんとか期間以内に公約を達成できました。 今後は、乞うご期待! 6月12日 ロサンゼルス大相撲 大成功!この仕事に携わって8ヶ月。 直前まで本当に色々な事があったが結果的には両日とも国技館で満員御礼がでる「9000人」をはるかに超えた観客を動員した。 観客の60%がアメリカ人。力士の名前すら知らないアメリカ人達が、日本の国技に魅了され、みんな大いに盛り上がった。 日本の国技である「相撲」をアメリカ、ロサンゼルスで披露しアメリカ人達を動員するという非常にチャレンジングな事であったが、見に来ていた人の殆どが「本当に、凄く面白かった」と言ってくれた。 オープニングで照明が消え、MCの声が流れた瞬間に起きた喝采、その瞬間は本当に涙がでた。 一番一番、取り組み毎に、大いに盛り上がった。 今回の仕事が出来て、本当に幸せだと思います。 土俵つくりから、最後の優勝決定戦までの写真は下記のリンクから見れます。 6月7日 ロサンゼルス大相撲 いよいよ本日6月6日 ロサンゼルス大相撲-あと1日5月23日 武蔵丸親方 TVインタビューロサンゼルス大相撲のPRの為に、今週はLAに武蔵丸親方が来て頂いている。 そこで昨日、今日とTV、新聞を含め数件のインタビューを行った。 一昨日は数件の新聞社とインタビュー。 昨日は南カリフォルニア最大のアジア系TV局のKSCIにてインタビュー。 その後は別のTV局とのハシゴ。 そして今朝は7時半からロサンゼルスのTV局KTLAにてLIVEインタビューを行った。 その後、韓国、アメリカの新聞社のインタビュー。 あと2週間。 これからも色々とプロモーションを行っていきます。 5月17日 ロサンゼルス大相撲-あと三週間6月7日、8日に行われる「ロサンゼルス大相撲」までいよいよあと3週間。 これからが最後の追い込みである。 今回は広告キャンペーンを積極的に行っていないので、まだまだアメリカ人に対する認知は低い。 そこで来週はとにかく「アメリカ人への露出」を高める事。 5月20日には日本から「武蔵丸親方」が急遽来る事が決まったのでTV、新聞等のインタビューを至急手配しています。 また、ボディを「相撲イメージ」でフルペイントした「相撲ミニバン」を急遽作ることになり、それを活用し、相撲の着ぐるみを着た数人の「ゲリラ軍団」がビバリーヒルズ、サンタモニカ等へ出没するプラン等色々企画してます。 また、情報はUp dateします。 何か「これをやったら面白い」「アメリカ人に受ける」等のアイデアがあったら是非教えてください。 5月2日 5年間住んだ家からの引越し2008年4月30日。
遂にアメリカで二軒目、5年間生活してきた家を離れた。 この家には、アメリカの友人、日本からの友人、親戚等と一緒に過ごした様々な思い出がある。 しかし、引越しと言っても前の家から1ブロック、車で1分もたたない同じエリアである。
今後の家は「イタリアンテーストの3階建てのコンドミニアム」。
なかなか快適な新生活である。 ようやく「一年間無収入の学生生活、1ベットルームのアパート」から始まり「Irvine ロフト付アパート」、、、、そしてようやく「アメリカ生活第3章」の生活へステップUPした気がする。
しかし、この家賃を払うためにもっとがんばって仕事しなきゃ・・・・ 4月25日 ロサンゼルス大相撲-記者会見34月23日 ロサンゼルス大相撲-記者会見2記者会見3日前。朝から急に体が重く感じた。
仕事を終え家に帰りつくと、頭が割れる様に痛い。 熱を計ると38.2度。痛みは頭から関節にまで広がる。
しかし、本番前のここで倒れるわけにはいかない。 その日はとにかく厚手の服を着込み、ベットに入った。 翌朝。ベットから起きると頭が両側からペンチで挟まれた様にキリキリ痛い。 熱は38.5度。頭が痛くてとても動ける状態では無かったが、運悪くうちの会社のあるCM撮影で娘が出演予定であったため、娘を撮影現場まで送っていかなければならなかった。 LAまで2時間のドライブ。なんとか娘を無事送り届け、その後会社で記者会見の準備を行った。 この状況では、最悪記者会見当日に自分が居なくても無事に実施される様に段取りだけは組んでおかなければならない。
ということで、ふらふらになりながら仕事を行った。 その日は娘の撮影が終わった3時で体が限界になった。そこで会社を早退し5時に帰宅。 妻は「インフルエンザだから病院に行け」と言うが、医者と薬が大嫌いなので自分で治すと決意。
夕方6時に厚手の服を着込みベットに倒れこんだ。 そしてその日は夜中に何度が起きたり寝たりしたが翌朝7時まで13時間位寝た。 記者会見前日。目が覚めると頭の痛みは少し治まり熱も少し下がった。
「これなら何とかなる」 あと一日。製作物を全てPick upし、最後の準備際行を行った。
ちなみに準備は頼れるアシスタントと自分の2人だけ。 夜までになんとか全て終了した。 そして記者会見当日を迎えた。
・・・つづく 4月19日 ロサンゼルス大相撲-本日記者会見本日(ロサンゼルス4月18日)、「ロサンゼルス大相撲2008」の記者会見がロサンゼルスWilshire Grand Hotelにて行われた。 会見は日本から、武蔵丸親方・千田川親方・栃東親方を招いてのOfficialな記者会見。 実はこの記者会見の実施が決まったのは4月7日の夕方である。 本番まで実労7日間で全部用意をしなければならない。(通常は最低4週間は有する) 実際にこの準備作業をするのはうちの会社から私と頼れるアシスタントの2名のみである。 間に合うのか・・・・ 本番までの準備とは・・・ ■ホテルとの折衝 ■記者会見会場セットアッププラン作成 ■展示物(パネル等)の製作 ■各スタッフィング ■プレスリリースの作成 ■各親方等バイオの作成 ■Pressに配る写真の選定 ■そのCDの手配 ■Press に配るDVDの選定 ■そのDVDのダビング手配 ■What is SUMO?(相撲とは)というアメリカ人向け資料作成 ■会場用バナー作成 ■各メディアの出席見込み者リストの作成 ■各メディアへ記者会見の案内発送 ■各メディアへ出席依頼(電話にて) ■記者会見進行作成 ■各種手配物のリストアップ、手配 ■当日配布物印刷 ■レンタル品手配 ■会場(ホテル)との確認 ■AV(Audio Visual)の手配 ■会場用お花の手配 ■カメラマン手配 ■運営マニュアル作成 ■ネームプレートの作成 ■メディアRSVPリストの作成、Update ■メディアへのFollow up ■Press Kit(メディアへ渡す資料フォルダー)の作成 等々・・・がある。 これを確認を取りながら、短時間での作業はかなり大変である。 それに加え当日は・・・ ■プラズマTV(自宅から)のデリバリー から始まり ■追加印刷物の手配 ■搬入物の詰め込み ■ホテルへのデリバリー ■会見場のSet up ■受付Set up ■会見場のSet up ■進行確認 ■出演者確認 ■クライアントからの追加オーダーの対応 ■来場メディアのケア 等々が本番前にある。 ところが、本番3日前にいきなり頭がペンチで締め付けられた様に痛く、関節が通風の様に痛く、熱が38.6度。
たぶんインフルエンザである。 体が動かない。 これで本番はできるのか? ・・・・・つづく |
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